
■厳島神社 能舞台■
能舞台
創建:1605年 福島正則が寄進
その後の1680年 浅野綱長によって現在の形に
昭和27年(1952)3月29日 国指定重要文化財
厳島神社の能舞台は国の重要文化財として指定されている六能舞台の一つ。
創建は1605年に福島正則の寄進により能舞台が出来たそうです。
その後、1680年浅野綱長により現在の舞台と橋掛(はしがかり)及び楽屋が造立されたそうですよ。
厳島神社の能舞台は西廻廊から見ることが出来ます。
4月15日から18日に催される桃花祭神能の時には能や狂言を見ることが出来るのですが、能舞台と西廻廊の間に仮設の桟敷が出来ます。
自分が小学生か中学生の時かよく覚えていないのですが、学校の授業の一環として桟敷で狂言を見た記憶があります。
きっと宮島という特殊な地域の社会勉強だったんでしょうね。
狂言の大げさな「もの言い」や「しぐさ」は面白かったと記憶です。
厳島神社じたいが水上社殿で、橋掛(はしがかり)と呼ばれる廊下で繋がっている能舞台も海上にあり、高潮や浮力に耐えられる構造になっているようです。
(何度か台風や高潮で倒壊した事はあるんですけどね。)
厳島神社の能舞台は潮の満ち引きで見た目の雰囲気は変わってきますが、床の響きも変わる工法になっているそうです。
厳島神社には、潮が満ちている時と引いている時、どちらも行ってみて比べてみて下さいね。
きっと海が近くに住んだ事が無い人は、見た目の変わりように驚くと思いますよ。
2024年10月16日(水)の夜にあった「厳島観月能」では潮が満ちていく月明かりの中で能が舞われたそうです。
瀬戸内海の海は波が静かですが、その波音が聞こえるほどの夜の静けさの中で人間国宝の能楽師・友枝昭世さんが舞を披露。
「黒塚」という演目で高僧の一行が陸奥国安達ヶ原で、一人寂しく暮らしている老女の家に宿を借りて襲われる鬼女伝説。
夜に一人で見ていると多分、少し怖いと思いますが、約580人も見ている人がいたそうなので夜でも安心して大丈夫。
「幽玄」がピッタリな舞台だったようです。
私が2024年11月3日に行った時には、能舞台と西廻廊の間に仮設の桟敷のあとが残っていたのか?白いサギが写っている箇所には木材が残っていました。

■能舞台・2024年11月3日■
2025年11月1日に能舞台を見た時には、桟敷の用意がされていました。
もうすぐ何かあるのかな?と思っていましたが、11月5日の中国新聞に以下のように書いてありました。
「潮香る 幽玄の舞」厳島神社で観月能
夜の宮島を舞台にした「厳島観月能」が4日、世界遺産の厳島神社であった。
国重要無形文化財保持者(人間国宝)の能楽師友枝昭世さん(85)が、幽玄な舞を披露し、約700人を魅了した。
記事によると今回の演目は「花月」で、7歳で天狗にさらわれた少年花月と父の僧との再会を描いているとの事でした。
2024年の約580人から2025年は約700人に増えてます。
(約120人もアップ!)
夜の厳島神社も素敵なので、宮島に泊まる方達など是非、行ってみて下さいね。
また11月20日の中国新聞記事には、以下のように書かれていました。
「海上の一服 うっとり 厳島神社で献茶祭」
世界遺産宮島の厳島神社で19日、茶道表千家による「献茶祭」があった。
全国の茶道愛好家たち約530人が、家元のお点前や茶席を堪能した。
・・・厳島神社での献茶祭は大正4時代に始まり、1949年からは表千家と裏千家が1年ごとに開くのが慣例となっている。
海上の能舞台で献茶祭があり、和服姿の愛好家たちが家元の所作に見入っていたと写真掲載されていました。
能やお茶などは日本の伝統的な文化。
歴史ある優美な厳島神社で和服姿の女性たち・・・と想像しただけで華やかで素敵な空間です。